前にも書いたことがある。
命占(算命学、紫微斗数、密教占星術、九星気学など)には強い引力で引かれた私だったが、
占いの世界に足を踏み入れた当初、卜占(タロット、易、六壬神課など)にはまったく興味がなかった。
だがあるとき、雷に打たれたように仏像に魅せられ、
おびただしい数の仏像と、憑かれたように出合いつづけるプロセスの中で、私は自分の周囲に、ご神仏の存在をたしかに感じるようになっていった。
そして気づけば、卜占に対する心の距離感も、いつの間にかまったく違ったものになっていた。
人間、変われば変わるものだ。
ふと我に返れば、ご神仏に手を合わせるのと限りなく近い心の状態で、カードに問いかけている自分がいる。
今朝もそうだ。
「今の私ってどんな状態ですかね」
いろいろと思うことが多かったため、せっぱつまってカードに聞いてみた。
ルノルマンカードと、イーチンタロット。
すると、それぞれこんなカードが出た。

ルノルマンは「山」。
イーチンタロットは「水山蹇(すいざんけん)」。
なんと、どちらも「山」である。
ちなみに「水山蹇(すいざんけ ん)」は四難卦のひとつ。
どちらも一言で言うなら「焦るな」でしょうかね。
持病の喘息が勃発し、家人などとの会話もままならない状態で鑑定をしたり、ブログを書いたり、
オンライン講座のテキストを作ったりしていた私には、ぐうの音も出ないカードたち。
嘘じゃありませんよ。
盛ってません。
ほんとにこの2枚を、今朝がた引きました。
て言うか私、何を聞いても「水山蹇(すいざんけん)」を引き当てる確率、異常に高いんですけど。
「う~む、生きかたを見直す必要があるのかもしれないなあ」
と思うと同時に、
「聖なるなにか」とたしかに強く、しっかりと「繋がっている」感覚を、今日もしみじみと感じます。

